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2014年8月

2014年8月30日 (土)

忘れられない出会いをした人が亡くなりました

 20年程前、私が国政選挙(衆院長野5区)の候補者として活動をはじめたとき、私にとって生涯忘れられない出会いがありました。

 それは飯田市へ行ったときですが、大坪勇飯田市会議員(当時)が私と同じ群馬県出身で飯田にお婿さんに来た方がいるということで案内してくれました。
 その方は筒井重雄さんといい、私より40歳近く年上でした。そして出身地は私の実家に近く、さらにいろいろ話すうちに、なんと私が高校、浪人時代に一番親しかった友人の伯父であることがわかりました。本当に驚きました。

 群馬県と長野県の飯田下伊那地方は地理的にもかなり離れていますし、経済や人的な交流もほとんどありません。そして、この地に親戚も幼馴染もほとんどいない私にとっては、本当にうれしくてどんなに励まされたことでしょうか。筒井さんは、その後日本共産党にも入党されました。
 
 その筒井重雄さんが亡くなられ、本日葬儀が行われました。残念ながら私は参列できなかったので、弔電を送らせていただきました。

 今日は訪問活動を4ラウンドおこないました。やはり地域を歩くのは楽しい。いっしょに行動した中野さなえさんとスイカをいただきました。実は、スイカは初物でした。

2014年8月29日 (金)

安倍政権の暴走に街かどからアピール

 健康に良いし、超高止まりのガソリン代の節約を兼ね、なるべく自転車で移動するようにしています。

 そして、車では気づかない発見や触れ合いがあることも自転車のよいところ。
1409184436446 昨日、日替わり朝宣伝を終えて移動していたら、あるレストランの壁に集団的自衛権容認を批判する張り紙を見つけました。感心して自転車にまたがったまま見ていたら、店主らしき女性が出てきて「少し表現がきつかったかしら」と一言。それをきっかけにしばし対話になりました。

1409288792281  「これからも 戦に行かぬ 国願う」蝶助―この提灯は午後、長野市権堂商店街でみつけたものです。安倍政権の暴走に対する不安と怒りが、街かどのアピールとなって広がっているのではないでしょうか。

2014年8月24日 (日)

広島支援募金に2万円

 午前、午後2ラウンドの訪問作戦。野々村博美市議、党支部のみなさんと組みをつくって歩き、80軒ほどとお話しできました。
 他派の影響力が強いところなので厳しい雰囲気も予想していたのですが、安倍内閣の暴走への不信や怒りが先々で語られました。
 「共産党です」の一言でニコッとして打ち解けてく方もいたり、共感やあたたかい激励も寄せられて展望が開けた思いです。これも、この地域で地道にねばり強く活動してきた党員のみなさんの努力があってのことだと思いました。

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 お昼に、広島等の豪雨災害支援募金を長野駅善光寺口で行いました。石坂ちほ県議、小林義和市議、党事務所のメンバーと訴えると次々と歩み寄り、募金の際に「お願いします」という方もいました。被災した方々を励まし、力になりたいというみなさんのあたたかい心をひしひしと感じました。短時間でしたが募金は2万68円寄せられました。ありがとうございました。

2014年8月22日 (金)

安全神話にドップリで、ありえないくらいお粗末-浅川ダム裁判が結審

 本日の長野市の最高気温は34.1℃。本当に暑い日が続きます。

 日替わり朝宣伝は、長野電鉄本郷駅with野々村博美市議。少し離れたところで最後まで聞いてくれた若い男性がいて、宣伝が終わると「僕は『維新』の支持ですが、共産党の主張が一番ピッタリだと思います。訴え方とかもう少し何とかしてもらえば、支持できるかもしれません」と語ってくれました。このところ宣伝でトークになる場面が増えています。
 今日は、危険でムダな浅川ダムの中止を求める裁判(長野地裁)の結審。傍聴席は入りきれないほどたくさんの人で、原告席に中野さなえさんや野々村博美市議の姿がありました。二人とも1985年の地附山地滑り災害で被災して家が全壊。そのすぐ近くの地すべり地帯にダムをつくることは危険すぎると、建設に反対する住民運動の先頭に立って頑張ってきました。

 この間、裁判を何度か傍聴してきましたが、今日の意見陳述を聞きながら、具体的で緻密、豊富な資料と説得力のある指摘に、長い間の住民運動とねばり強いたたかいの歴史を感じることができました。

 原告の意見陳述では、○長野県側は浅川ダムの目的は上中流域の洪水を防ぐこととしてきたが、そもそも昭和21年以降上中流域で氾濫したことはない、○県側が洪水で破堤し多大な被害をもたらすと指摘した場所に堤防は存在せず、破堤も膨大な被害予想額もありえない、○ダムが必要という数字的な根拠である洪水時の流量は、降雨量を使い机上で計算しただけで、肝心な洪水の実測による検証がされていない、○地すべり地帯や活断層と断定できる断層があるにも関わらずまともな検証を行っていないことなどが改めて指摘されました。まさに安全神話にドップリつかり、お粗末でデタラメすぎるダム計画であることが改めてハッキリしました。

Photo  結審後の集会では、弁護団で奮闘した木島日出夫元衆議院議員もごあいさつされ、久々に木島節をお聞きすることができました。判決は、来年の4月24日。県会議員選挙の後になりました。

2014年8月17日 (日)

終戦記念日と弾丸ツアー

 15日、長命寺(浄土真宗本願寺派 長野市南堀)の非戦の鐘に石坂ちほ県議と参加。
 参加者一人ひとりが平和への思いを込めてつく鐘が、心に染みました。本堂で朝陽9条の会が開いた歌のつどいもよかった。
 長野市内の実家に帰省していた守谷千津子さん(日本共産党さいたま市会議員)も参加されていて、うれしい出会いもありました。

 続いて長野駅善光寺口で終戦記念日恒例の日本共産党の宣伝。石坂ちほ、和田あき子県議、原田のぶゆき市議、今井誠党北陸信越ブロック事務所長らと訴え。立ち止まって聞いてくれた若い男性からジュースの差し入れをいただき感激でした。

 宣伝終了後、お客に行っていた二男を回収するために群馬の実家へ。滞在20時間の弾丸ツアーでしたが、源泉かけ流し100%の南郷温泉しゃくなげの湯、昔懐かしい田舎の蕎麦の味がうれしい「そば源」の十割蕎麦などシッカリ楽しませてもらいました!この二つは沼田市周辺の必勝コース。絶対おすすめです!

2014年8月14日 (木)

善光寺界隈を探検

 盆休み。妻は勤務。東京で一人暮らしの長女はバイトが忙しいらしい。長男は友だちと遊びに行き、二女は夏季講習、そして二男は私の群馬の実家へお客に行って、結局今日は父一人。

 せっかく近くに越してきたのだからと思い立ち、一人で善光寺界隈の探検。小林一茶ゆかりの古本屋さんに立ち寄ろうと思ったが、今日はお休みで残念。

 観光客でにぎわう仲見世をフラフラし、東之門町の司食堂でお昼。最近、「食堂」と名のついたお店が少なくなったこと思いながら、当然“生中!”。

 「どうしてこんなにウマイいのか!」と言いたくなるくらい、生ビールが感動的にうまい。中華そばとのとりあわせも、シンプル感がいい感じでした。

2014年8月13日 (水)

自転車置き場をつくる!

 今朝、自民党の衆院議員の活動報告が地元紙に折り込まれました。半年間の通常国会を振り返る中身ですが、今国会の最大の問題であり長野県はもとより全国で反対や不安の声が広がった集団的自衛権、消費税の増税、原発再稼働問題など、驚いたことに一言も触れられていませんでした。
 これでは自民党への不信もいっそう広がるのではないでしょうか。

0813_3 話は全然変わりますが、自宅に自転車置き場をつくりました。私は手先が不器用でおまけに面倒くさがり屋なので、子どもの頃通知表の図画工作はいつも“2”。ですから絶対的な苦手意識があるのですが、今回はなんとなくうまくできたような気がします。はい、自己満足です。

2014年8月 7日 (木)

満蒙開拓に反対した村長さん

 戦前、国策ですすめられた満蒙開拓。「満蒙は日本の生命線」「20町歩の大地主になれる」と大陸に動員されたが、最後に待っていたのは集団自決や死の逃避行など、筆舌に尽くしがたい惨劇だった。この満蒙開拓に長野県から全国ダントツの3万3千人が参加し、1万6千人近くは再び故郷信州の土を踏むことができなかった。

 しかし、戦争に突き進む当時の天皇制政府のもとでも、満蒙開拓に反対した村長が長野県に3人いた。
 大下條村(現阿南町)の佐々木忠綱村長は下伊那郡の村長たちの現地調査に参加し「現地人の土地を略奪して開拓を進めている」とし、軍人会や県、国会議員の攻撃に屈せず、最後まで分村(村民を二つに分けてその一つを移民させる)をおこなわなかった。
 平岡村(現天竜村)の熊谷長三郎村長、木島村(現飯山市)の佐藤副次村長も、警察権力などの攻撃と圧力に屈せず、最後まで反対を貫いている。

 首長が、住民の命運を左右する―満蒙開拓の重要な教訓の一つだと思う。
 8月10日は長野知事選挙。野口しゅんぽうさんが猛暑の中で渾身の訴えを続けている。戦争に行くな! 選挙に行こう!

2014年8月 2日 (土)

朝から大ボケ…

 朝、携帯に原田のぶゆき長野市議から電話。なんだろうと思っていたら、冷静な声で衝撃の一言。「山口さん、若槻のトラック市なんだけど…」。「アッ! 申し訳ない、すっかり忘れていました。すぐ行きます」。

 大急ぎで着替えて愛チャリにまたがり、少し走ったところで気づきました。「あっ、そうだ。オレ引っ越ししたんだ!」。そうなんです、今までの上松から若槻なら余裕ですが、善光寺下からチャリでは間に合いません。あわてて家に戻って車で再スタート。

 若槻地区のトラック市は、地元の農家などが野菜や商品を軽トラックで持ち込んで荷台で販売するもの。待っていてくれた原田市議や中野さなえさんとまわりました。お客さんも販売者もお互いに地域の顔なじみで、和気あいあいとした雰囲気です。

 私は、人気の八光食品さんのお豆腐をその場で一丁ペロリ。詳しくは中野さなえさんのホームページをごらんください。

2014年8月 1日 (金)

この超忙しく、とんでもなく暑いときに、引っ越しました!

 この度、長い間お世話になった上松から引っ越しをいたしました。新住所は三輪の善光寺下ですが、子どもたちの学校も変わらないので近場です。おりしも長野知事選挙の真っ最中。また、長野市内でも37℃を記録するような連日の猛暑。まさに汗だくになりながらお手伝いをいただいたみなさん、いろいろご迷惑をおかけした関係者のみなさんに心から感謝いたします。

 ちなみに、今回引っ越した善光寺下は、宮本百合子が「獄中への手紙」のなかで、“善光寺下という電鉄の駅でおりたら陸続として黄色の花飾りを胸につけた善男善女が参詣を終ってやって来る。(中略)長野という町は山々を背に何となく明るい雰囲気をもって居ます。山々の中腹に白く靄もやがたなびいて雨中山景です”と書いています。
 いずれにしても、新天地でさらにがんばります。
 
 

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